「根の治療」について
「根の治療」についての基本的考え方
歯医者で遭遇する治療の中でも頻度が高いものの一つが俗に言う「根の治療」です。何をやっているのかが分かりづらい上に、やたらと回数がかかる、そんなイメージでしょうか。ここではそんな「根の治療」について解説したいと思います。
「根の治療」は大きく分けて2つに分けられます。予防的根管治療と感染根管治療です。その分岐点は「歯の神経」である歯髄が生きているか、死んでしまっているか、です。厳密に言うと歯の内部の血流があるかないかがポイントです。
歯の内部は体内。もともとは無菌状態
歯髄腔には神経と血管が分布しています。血管があり、血流があることで体の免疫機構が働きます。このおかげで健康な歯の場合、歯髄を含め歯の内部は無菌状態に保たれています。
これはよく見る「虫歯」の進行の程度を分類したものです。虫歯は歯に対する感染症ですので、この分類は歯への感染の広がり方を示したものとも言えます。そして右に行けば行くほど、感染が広範囲に及んでいるため予後は悪くなります。
C2とC3では「歯の神経」である部分の色が赤から茶色に変わっているのがわかると思いますが、これが「歯髄の生死」を示しています。赤いところは感染がない、もしくは感染があったとしても、まだ体の免疫系がある程度戦ってくれているため局所にとどまっているため歯髄が生きている状態を示しています。茶色い状態は感染が歯全体に及んでしまい、歯髄は死んでしまったことを示します。さらにはC4の状態では歯の根の外側まで感染が及んでいることを示しています。「根の治療」行う可能性があるのはC2,C3,C4の状態の時です。
また、いったん血管系が失われてしまうと二度と回復しません。そのため、歯髄が死んでしまい循環がなくなった歯は免疫も働かなければ、細胞の新陳代謝も起きません。
皮膚に傷ができた場合は、免疫系がばい菌やウィルスと戦い、体内に侵入し広がるのを防ぐと同時に、修復機構によって傷を塞ごうとします。これはきちんと皮膚に血管系があり循環があるからです。もしなければそこは壊死してしまうでしょう。
同様に循環がない状態の歯、すなわち神経が死んでいたり、神経を取った歯にばい菌が侵入し、繁殖する条件が整ってしまった場合は、ばい菌は誰にも邪魔されずに増殖し広がり続けます。そして本来神経や血管の出入り口であった根の先端から外に出た瞬間に初めて体の免疫系がその進行を阻みます。だから、「根尖病巣」ができるのです。俗に言う「根の先端に膿が溜まっている」状態です。そして循環の失われた歯は「死歯」とも言われるように、修復されないため、咀嚼という力が加わる器官にもかかわらず、破壊に対しての修復も起こらない歯となってしまいます。これはとても大きなハンデを背負うことです。
予防的根管治療と感染根管治療
C2の状態で歯髄の炎症により治療が必要になった場合、免疫機構が働いてくれている状態なので感染は局所にとどまっている可能性が高いと考えられます。すなわち根の先端はまだ無菌状態を維持している可能性がかなり高い状態です。この時期の治療は痛みを取り除き、且つ今後放置すれば広がるであろう感染を予防的に食い止めるのが目標になってきます。治療の際に口腔内の細菌や虫歯菌などを根の中に巻き込まないようにする「無菌操作」が必要になってきます。このようにまだ無菌状態が維持された状態で行う根の治療が、予防的根管治療です。
一方、C3,C4の状態や、歯周病や外傷などで歯冠の崩壊がないものの歯髄が死んでしまっている状態、以前歯髄を取り除いた歯で治療が必要になった場合は、歯の内部の感染が拡大し、体が許容できる感染レベルを超えてしまったと考えられます。この時期の治療は、根を含め歯全体にばい菌が広がっている感染を除去し、体が許容できる範囲まで感染レベルを下げる治療で、感染根管治療と言われます。
我々歯医者は、感染がない時は「神経を取り、根の治療をします」と説明しますし、感染がある時は「根の治療をします」と説明します。
ただ、ほとんどの場合使う器具が同じです。本来は治療としては全く別個のものであるにもかかわらず、同じ器具を使って、さらには同じように治療しているのが一般的です。 本来は厳密に言うと
感染がない場合の「根の治療」 = 予防的根管治療
感染がある場合の「根の治療」 = 感染根管治療
という大きな差があり、当然それらに対する考え方、治療方法も大きく異なってくるはずです。
予防的根管治療は積極的な治療、感染根管治療は免疫頼み?
予防的根管治療はきちんと無菌操作が行われれば、感染の拡大を未然に防ぐために非常に効果がある治療方法です。
近年、MIコンセプトが広まりつつあり、患者さんの意識が高くなり良いことだと思います。そのせいか患者さんから「なるべく神経は残したいのですが」と言われることが時々あります。確かに神経がある歯とない歯では寿命が圧倒的に違う事実はあります。しかし、ここに抜けているのは「健康な」という一言です。「健康」な神経を保っている歯の寿命は確かに長いです。ですが、「病的な」状態に陥り、壊死してしまった神経は、そのまま、ばい菌の培養地へと早変わりしてしまいます。そして歯の根の中の複雑な構造の隅々まで入り込んでいる神経だったものを餌に、歯の隅々まで感染を広げていってしまいます。瀕死の状態でなんとか生きながらえているものの、今後の回復の見込みがない神経をあえて残すことで、逆に感染を広げ、歯そのものの寿命を短くしてしまう事もありえます。これでは本末転倒ではないでしょうか。回復の見込みがないのであれば、治療の難しい部分に感染が及ぶ前に、無菌状態のうちに神経を取ってしまうことの方が結果的には歯の寿命を延ばすことに繋がります。この時大切なのは、いつ神経を残す方針から、神経を取り歯の寿命を長くする方針に切り替える判断をするかです。これが我々歯科医に求められる診断力なのでしょう。
では感染根管治療はどのような治療なのでしょうか。これは読んで字のごとく、感染してしまった歯を治療することです。簡単に言うと綺麗にすることです。ではどの程度綺麗にするのでしょうか。世の中ではよく「根管の無菌化」という言葉を耳にします。無菌化できたら理想的ですね。
我々は日々の診療の中でいろいろな器具を使い、使用後は滅菌という工程を経て病原性をなくすことでその器具を次の患者さんに使います。これを「器具の再生」といい、病院では「中材」と言われる中央材料室が行う業務です。当院においても器具を再生するにあたり、洗浄〜消毒〜滅菌といろいろな薬剤を使い、機械を使い、最後にクラスBと呼ばれる複雑な中空物の滅菌に適したオートクレーブで、高温にし、減圧したり加圧したりして滅菌を完了しています。この工程はどれ一つ省くことができないため、手間もコストもかかります。専用の人手も割かなければなりません。ただ、器具を安心して使えるようにするにはこの方法しかないので、当たり前田のクラッカーとして行っています。
逆に言うと、ここまでやらないと病原性がない状態にはできません。では、生きている人の口の中にあり、ばい菌が1億以上いる環境で、感染してしまったことで内部の隅々までばい菌が入り込んでいる状態の歯を「無菌化」する方法はあるのでしょうか。簡単です。同じ様に滅菌器にかければいいのです。ただ、これだとばい菌も死にますが、人も死んでしまいますね。
人に害がない様な薬を使い病原性を完全になくすことは不可能に近いのです。しかし、臨床上、感染根管治療を行うことで膿がなくなり、腫れが引き、痛みがなくなり、歯をかぶせることで以前と同じ様に歯の機能回復をできる様なことは多々あります。これはどういうことなのでしょうか。答えは簡単です。病原性はあるものの、体がそれに対して目に見える反応を示さない状態に落ち着いた、ということです。専門的に言うと「生体が許容できる感染レベルに下がった」ため、臨床上「治った」としているのです。「無菌化した」のではなく「体が仕方なく受け入れてくれている」といった方が正しいかもしれません。
予防的根管治療は積極的に治療することで感染の拡大を未然に防ぐことであり、いったん感染が入り込んでしまったら処置することが不可能な部位を無菌な状態のうちに詰めてしまい無菌状態を維持する治療です。
一方、感染根管治療は、感染が広がり、体が受け入れられなくなった状態の歯を清掃することで汚れは残っているものの、体が受け入れてくれる状態に落ち着かせて歯の延命を図る治療といえるでしょう。
例えるならば、新築のうちに床にワックスをかけて綺麗な状態を維持するのと、一度汚してしまった床を掃除してから慌ててワックスをかけるのに近いかもしれません。
これは天然歯の歯髄を染色したものです。実は歯髄はこんなにも複雑な形態、走行をしており、簡単に「神経を取ります」なんて言えるものではないのがお分かりいただけるかと思います。そしてこの隅々まで感染が広がってしまったら、、、
これらを全て削り取って「キレイに」することは不可能です。だからこそ、血流があり、体の免疫が働いていて感染と戦える状態のうちに「根の治療」に介入することがとても大切なのです。歯髄が死んで血流が途絶えてからでは遅いのです。
当院ではこの考え方のもと、根管治療に際して多くの配慮をしております。「根の治療は回数がかかる」という一般論がありますが、患者さんが口を開けていられるか、開口量が治療可能な量あるか、といったことがクリアされている状態であれば、基本的には予防的根管治療においては2回で終え、その日のうちに型を採り、治療開始から問題がなければ最短で3回目で歯をかぶせるようにしております。根管治療は繊細な治療になるため、当院では全て自費診療となります。気になることがあればお気軽にお問い合わせください。
※もちろん感染拡大の防止という観点からは回数やスピード感はとても大切です。ただ、その時の治療における優先事項が別のことであった場合や、その時の状況によっては、必ずしも短時間で、少ない回数で終わらせることが適さない場合もありますのでご注意ください。