「歯をかぶせる」治療について 〜機能と審美の観点より〜

〜歯の機能とは〜

歯医者で虫歯を削った後、必ず詰め物をしたり、銀歯をかぶせたりします。なぜ虫歯を削っただけで終わりにならないのでしょうか。

そもそも歯は咀嚼のための「器官」です。そして歯の形態によってその機能が発揮され、その歯の形態で力を受け止めています。すなわち、歯の形態が一部でも「虫歯」や「破折」「吸収」などによって失われた場合はその「機能」も失われたことを意味します。

我々、歯科医師は、歯の形態や歯そのものが失われたことで起こる機能低下を回復するために、歯の形態や歯の存在そのものを人工代用物によって作っているのです。ただ、歯が摩耗したり欠けることで、機能に適応した可能性もあるため、単純に元の形に戻すことが正解だとは言い切れません。また、特に抜歯によって、歯そのものの存在を回復させる治療の場合も、元の形や元の位置に「新しい歯」を戻すことが機能回復になるとは限りません。

よって歯の機能を回復させる場合、その材質の選択基準や、歯の形態の設定にも考慮すべき事項が多々あります。当院で重要視していることが、「機能」を優先するのか、「審美」を優先するのかという点です。「機能」を優先させると「審美」(見た目)が制限されてしまうことがあります。また、「審美」を優先させると「機能」が制限されることがあります。

機能と審美は両立しない?

以前、オリンピックの陸上競技に義足で出場した選手がいましたが、彼の義足は人間の足とは異なる形で、スタート前などはとても歩きづらそうでした。しかし、一度走り始めると、世界のトップランナーたる素晴らしいレースを見せてくれた記憶があります。これは走るという「機能」に特化した場合のいい例だと思います。もちろん義足には見た目では区別ができないくらい本物の足を再現したものもあります。しかし、これでは走れたとしてもトップランナーと肩を並べることはできません。しかし、オリンピックで走る事ができる義足では、見た目という「審美」や、歩くという「機能」を制限するものの、走るという「機能」は存分に回復していると言えます。ただ、彼はとても早かったので義足が機能回復なのか、それとも回復を通り過ぎて機能を高めたのかという議論もあったそうですが。

また、「手タレ」と言う、手だけでCMや写真に登場するモデルをやっている方々がいらっしゃいますが、美しい手や爪を維持するため、日常生活ではなるべく傷やアカギレ、日焼けなどが出来ぬようにしないように常に手袋をし、毎日手や爪のケアに膨大な時間を費やしているそうです。家でも洗い物や料理は一切しない方もいるそうです。これは「審美」を追い求めているいい例でしょう。手は本来、物を掴んだり、触ったり、持ったりすることで多くの機能を発揮するため、当然、傷がついたり荒れたり、使いすぎたら腫れたり痛みが出たりします。このような機能を発揮する手で、傷一つない美しい手の写真のモデルとなるのであれば、なるべく使わないようにし、手入れをこまめにすることで常に美しい状態を保つの事が必要になってきます。これは「機能」を制限しないと成り立ちません。

では歯における「機能」「審美」の制約とはどのようなことを意味するのでしょうか。「機能」はそのものズバリで咀嚼機能です。これが制約されるということは、綺麗さを追い求めた歯では基本的に物を噛んだりしてはいけません、ということになります。歯を綺麗に、他の歯と見分けがつかないレベルで作るには、セラミックという材料が必須となります。このセラミックは色調再現という点ではとても素晴らしい材料ですが、欠点として、力がかかると割れるという破壊の仕方をします。お茶碗と同じですので、落としたら割れる、そんなイメージです。

ですので硬いものをバリバリ噛んだら割れますし、ギリギリ歯ぎしりすれば割れます。当然、噛まなくても転んでぶつけたら割れます。セラミックとはそんな材料です。しかし、色調再現性でセラミックを超えるものは今の所ないと思います。

一方、「機能」を優先させた時の「審美」の制約とはどのような事があるでしょうか。人工物で歯を作るわけですから、「歯らしい」形、色を再現するためにはある程度の人工物としての厚みが必要になってきます。歯を温存して削る量を少なくすれば、形態や色が限定されてきてしまいますし、「元通り」の色や形にはならない可能性が高いです。多く削れば、「元通り」の歯の色や形態を作る事ができたとしても、症状のない健全な神経を取る必要が出てくるかもしれません。また材質としてどの機能を優先させるかで選択肢が変わって来ます。これも審美面の制約になる可能性があります。

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